The Way to Nowhere

あるITエンジニアの雑文。

2007年12月

アマデウス

たまたまレンタルで目についたので「アマデウス」を久しぶりに見ました。
小学生か中学生の時にテレビでなんとなく見たのが始めてで、
それから何回か見た事があったと思います。

今回は「ディレクターズカット」という事で未公開シーンが20分も含まれているという事で、
約3時間の長丁場はちょっときつかったです。
別に途中で飽きるわけではなくて、2時間くらいの所でこれだけ時間たっているのに、
まだこの辺なのか?という感じで。

元々の内容と見比べるわけもなく、どこが未公開だったのか全くわかりませんが、
今回見て、最も印象的だったのは、モーツァルト夫妻ともに金の事を口にする場面だった。
彼は類まれなる音楽の才能を持ちながらも、当時の自らが属する社会において
サバイブしていく事ができなかったのだ。
一方で「凡庸なる人」として、モーツァルトの才能に嫉妬し、神への怒りや絶望を抱きながらも、
世間一般的には成功を収めていたように見えたのが、物語の語べたるサリエリだ。

「自分なら何でもできる」と信じている20代前半以前の若い人を除けば、
大部分の人は「凡庸なる人」サリエリに共感を覚えるのだろう。
私自身は何度かこの映画を見ながらもそう思ったのは今回が初めてだった。

この映画の感想としては、ものすごく捻じ曲がった見方だと思うが、
才能があってもそれだけはで生きていく事ができないし、
「凡庸」であっても自分次第でどうにかサバイブしていく事はできるのだ、という事か。
サリエリは自らがモーツァルトを殺したと苦しみながらも、生きているのだから。

また、これもこの映画の感想として的外れだろうし、
全くこの映画に限った話でもないはずなのだが、
この題材にして全編英語だという所がなんとも変な感じがしてました。
特にオペラをイタリア語で書くべきか、母国語であるドイツ語で書くべきか、というのを
英語で議論しているのが、なんとも言えず変な感じでした。

まあ、日本でも韓国や中国の話だったら、制作の背景次第ではありえることかもしれませんがね。

本当は楽しいIT業界

「スーツ論」の延長で読んだ記事。

本当は楽しいIT業界――“重鎮”を超えて - @IT

彼らが共通して訴えたのは「外へ出ろ」ということだった。つまり、オールドスタイルの経営に執心する企業は見限ってしまえということだ。人がどんどんいなくなれば、IT業界の“重鎮”も現実に気付き、考えざるを得なくなる。

企業に頼るな、個人として突き抜けろ。吉岡氏はこう語る。しかも、インターネットの誕生で個人がサバイブするための環境はずいぶんとよくなった。ただ、「ネットは自立的に動いている人にはパワーをくれるが、寝ている人には何もない。そこを気がついて、サバイブするか、しないか」(吉岡氏)というのも事実。


まさに「ウェブ時代をゆく 」に準拠してIT技術者に特化させたような内容。
頭では理解できるけど、実際にどれだけできるのか、できる人がいるのかわからない。

自分なんかは、できる範囲でそれなりにやってみようって楽観的に思ってしまう。
自分自身がどう考えてどんな行動をするかが重要だと思うから。

だから後輩とかにも、自分が現場なりのビジョンを示すなんて大それたことはできない。
そもそも自分がサバイブしていくだけでも精一杯なんだ。
「お前自身、どうしたいと思っているんだ?」 まずそれをアピールしろ、って思う。

自分の思う通りの答えで貰えない事も多いかもしれないけど、
真剣に応じてくれる人はきっといるはずだよ。

「スーツ論」

先日読んだスーツ論は、もう少し盛り上がっているようで続きがありました。

我は「けものみち」を行く、青白き頬のままで。 - GoTheDistance

コードを書かなければわからないこともあれば、コードを書かなくなって初めてわかることだっていっぱいあるってことを、誰も言っていない気がする。

それは、「コードを書かなくなる」事がポイントなのではなくて、
その代わりに何をするのかがポイントなのではないか。
そこにはいろんな道があって、だからこそ「けものみち」なんだという論旨はわかる。

でも本当にコードを書くことをやめる必要があるのか、というとちょっと疑問。
これは、本質ではない表面的な表現だけに引っかかっているのかもしれないけど。

確かに、SIer系列のプロジェクトにおいては、
顧客に納めるシステムの一部となるプログラムを書く事は、
年齢が上がり立場が上がれば、どんどん減っていく事が多いだろうけど、
プログラムを書く機会なんてそれ以外にいくらでもあると思う。

「スーツ」よりの道を進むには、特に以下のような事に気をつけなければならないだろう。

王様は裸だと言ったSEはその後?:ITpro

こうならないようにする最善の手段とは「コードを書く」という事に象徴される
「手を動かす」事の価値を忘れずに実践し続ける事なんだろうと思った。

「コードを書く」事を無理にやめる必要はない。
自分はいつまででも現場でコードが書ける人間でいたいと思う。

デビルマン

中学生の時か高校生の時か忘れたが、中途半端にちょっとだけ読んで、
気になりつつも放っておいたデビルマンの原作を
衝動的に全5巻購入して、一気読みしてしまいました。

特に最後5巻の終末へと向かう急展開の連続は終始テンションが高く、
一気に読みきってしまわずにはいられない感じでした。
永井豪自身が、デビルマンを描きながら「頻繁にトランス状態に陥ってしまう」
と言っている事がよくわかる感じがした。
むしろ、そうでなければ描けないよ、きっと。

それにしても、ネット上には数年前に公開された実写の映画「デビルマン」
酷評する内容が溢れかえっている感じなんですね。
渋谷の山手線のホームにでっかい広告が出ていた時期があったのだけは覚えていますが、
知らなかったので今さらながら驚きました。

YouTubeではOVAの「AMON デビルマン黙示録」のかなり部分が
見れてしまいそうな感じですね。 実際に作品を見たわけではないので
実際どれだけ見れているのかはわかりませんが。
それにしても、ここで描かれていたヒロイン牧村美樹のイメージは、
かなり違和感を感じました。このOVAの物語のポイントを考えれば
理解できない事ではないのだが、ちょっとキレイに描き過ぎかなと。

原作でも最終的には暴徒化した群集に殺されてしまうのだけれども、
それでもできる限りの抗戦をしていて、相手は「心が悪魔化した」暴徒だとはいえ、
確実に何人かは殺している。サタンが人間の恐怖をコントロールする事で
人間同士が殺し合い自滅するよう仕向けたわけだが、
その人間同士の殺し合いを作品中で最も強烈に描いた場面において、
美樹も一役買っているのだ。そういう所も、単純な善悪の構図では
捉えきれない複雑なものにしていて、原作が持つある種の「毒」だと思うのだが。

でも、アニメ化するなら、まずは中途半端になってしまっているらしい
原作に忠実なアニメ化を実現して欲しいと思う。

漫画という形式は、絵というビジュアルが提示されているとは言っても、
やはり読み手それぞれに独特の想像力とかスピード感があるから、
受け取り方の違いはアニメや映画に比べて大きくなるのではないかと思う。
その漫画という形での傑作は、アニメや実写になった時には、
制作に関わった人達の受け取り方が色濃く反映されて、
批判はある程度避けられないものなのだと思う。

だから、原作と同じような感動を期待するものではなく、
「こういう解釈もあるのか」という所を発見する事で、
逆に自分自身の受け取り方をきちんと言語化する手助けになるものかなと思う。

スーツの道も、舗装するのはギーク

404 Blog Not Found:スーツの道も、舗装するのはギーク

スーツの言葉など、当のスーツすら動かせない。手の裏付けのない言葉はあまりに安い。人を動かしたかったら、まず自分の手を動かせ。手が塞がっていたら、手を動かした経験を語れ。口で語るな手で語れ。

これだよ、これ。
これに反した「スーツの言葉」がいかに現場のモチベーションを萎えさせる事か?計り知れない。

SaaSの波を制するのはプラットフォーム

「行く年来る年2007」ITmediaエンタープライズ版:SaaSの波を制するのはプラットフォーム

SaaSプラットフォーム上に補完アプリケーションをマッシュアップさせて、自社にあったシステムを構築できる。この進展によって、SaaSはさらに魅力を増していくだろう

なるほど、「Saas」と「マッシュアップ」という概念を組み合わせるという考え方があまりなかった。
単に言葉遣いの問題だけかもしれない。
でも、とにかく「マッシュアップ」するという感覚に敏感になる必要があるのかと思った。

ネットの脅威はよりひそかに、そして確実に

「行く年来る年2007」ITmediaエンタープライズ版:ネットの脅威はよりひそかに、そして確実に

記事の本題自体はまあよいのだけれど、

マルチプレイヤー型オンラインゲームやSecond Lifeなどの仮想世界に対し、組織化したハッカーたちによる営利目的のさまざまな攻撃が継続的に行われ、マネーロンダリングの温床となる可能性は高い。


いまだにこういう文脈で「ハッカー」という言葉を使っている事に唖然とした。

まつもとゆきひろのハッカーズライフ:第10回 ソースを読もう

まつもとゆきひろのハッカーズライフ:第10回 ソースを読もう

このように、ソースコード読解の経験を積むと、読みやすいソースコードと読みにくいソースコードがあることに気がつくと思います。わたしが最悪と思ったのは、(失礼ながら)Perl5のソースコードです。

もちろん、このソースコードを書いたラリー・ウォールは一流のハッカーで、前記の点にはそれなりの理由があるのです。例えば、...


本題とは違いますが、ラリー・ウォールを「ロールモデル」として敬意を持ちつつも、
自分の意見はきっちり主張しておく、という所は、当たり前のようで中々できない事かと思いました。

で、やっぱり小飼さんも拾ってました。

404 Blog Not Found:perl - ソースが読みにくいには訳がある - そして愛も

茂木健一郎 クオリア日記: 『すべては音楽から生まれる』2刷

茂木健一郎 クオリア日記: 『すべては音楽から生まれる』2刷

面白そうなので、思わずamazonから発注。

これがSEすごろくだ

ストレス入院からITセレブへ:悶絶! これがSEすごろくだ

記事としては期待外れ、というか結局よくわからん。

正月にこのすごろくで1年を占ってみてはいかが。

まぁ、とにかく実際に入手して見てみろ、という事か。
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