mixiはもうだいぶ前につまらないなと思い、たまにしか見なくなって久しい。
だいぶ前のエントリのようですが、

やっと分かったよ!ミクシィが”気持ち悪い”理由!! - べにぢょのらぶこーる
そう、ミクシィは女の子社会。
いわゆるmixi疲れと呼ばれる義務ニケーションや褒め殺しのマイミク紹介文も、
女の子社会特有の無言の圧力と考えればしっくりきます。

確かにそういう感覚もわかる気はする。よく言語化したもんだ。

私としてはそういう「同調圧力」的なものは多少感じても平気でスルーできるのだが、
マイミクはリアルに知り合いの人しかいないから、
彼らは確実に日記を読んで、そしてそれ以上に広がる余地がないのが、
どうにも気持ち悪いというか歯痒くてたまらない感じがする。

「それ以上に広がる余地がない」事ももちろんポイントなのですが、
「リアルに知り合いのマイミクが確実に日記を読む」事の方に
なんとも言えない気持ち悪さを感じたりするのです。

私としては『フューチャリスト宣言』の中で茂木健一郎氏が語った以下の言葉が感覚的にとてもしっくりくる。
p.88
あの中途半端な感じがボクはどうもダメなんですよ。少なくとも自分はのめり込む気になれない。
p.89
インターネットのポテンシャルの最高の部分はオープンなところ。そういう意味でSNSにはやはりあまり共感できないなあ。

これをもっと過激に語ったのがこっちのエントリという事かな。

ミクシィは馬鹿者の集まり - べにぢょのらぶこーる
ミクシィはぬるま湯である。
WWWが世界に通じる大海だとすると、ミクシィはラク-アみたいなもの。
大江戸温泉物語でも良い。


とは言いつつも、なんかうまい事利用できないものか、時々考えてみたりはするのですが。

ちなみにこれを発見したきっかけは以下の記事でした。
New Generation Chronicle:べにぢょ――ギークプロトコルの解読を試みるサイバーヤンキー